No.1176953

【X//Δ】CONNECT―コネクト―

BOMORIさん

人間の少女・アルアと青年型アンドロイド・Nu。
改造後のNuの変化に戸惑うアルアは、Nuと過ごす中で途切れた繋がりを取り戻してゆく。

→イメージイラスト、キャラデザ【https://www.tinami.com/view/1176954
→詳細はサイトへ【https://tannsio.web.fc2.com/index.html

2025-11-13 19:18:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:159   閲覧ユーザー数:159

 ――あーあ、見つかっちゃった。

 

 音と光が降り注ぐショッピング街。賑やかなBGMの中、私の耳は規則正しい靴音を拾っていた。

 コツ、コツ、コツ。これは降参までのカウントダウン。私はうんざりした顔を作って振り返った。

 

「ねー、Nu。これってずっとなの?」

 

 追跡者の足が止まり、顔のサングラスが首肯できらめいた。

 

「マスターの気がすむまで、ですよ。アルアお嬢様」

 

 このエージェントみたいな恰好の彼は「Nu(ニュー)」。パパが作ったアンドロイド。

 

 

***

 

 

 最近はこんな感じで、ちょっとした用事にもNuがついてくる。でもパパの命令を実行しているだけのNuに文句を言っても仕方がないし、このままショッピングを続けることにした。

 

「パパってば心配し過ぎ! もう一人で歩けるし! ほら!」

 

 命令の動機なんて決まってる、あの事故の怪我のせいだ。私がわざとらしく大股で歩いて見せると、Nuはどれどれという風に見届ける。

 

「そうですね。でも、位置情報の改ざんは余計な心配をかけるだけですよ」

 

「……やっぱりすぐ分かった?」

 

 ファストフード店でピンを固定したのに、あの足音が聞こえてきた時は「嘘でしょ」って思った。

 

「まずは大人しく従うのです。やんちゃはマスターが安心しきった頃になさってください」

 

「それ、Nuが言っていいやつ?」

 

「すぐに追いつきますから」

 

 私はサングラスの奥の瞳を覗き込んだ。こうやってやり取りしている間も、Nuの表情は変わらない。優しい目元と、柔らかく上がった口角。

 Nuはいつも微笑んでる。

 

(なんかちょっとやりにくいんだよね……)

 

 ”前の”Nuにはもっと表情があった。こうなっちゃったのはパパが改造したから。背もぐんと伸びて見上げると首が痛いし、声だって違う。ずっと一緒だったのに、急に別人になってしまった。

 パパは「護衛のため」だとか「変えたのはガワだけ」だとか言い訳してきたけど、そういう問題じゃないんだよね。

 

 ――別にもういいけど。まだしばらくは怒ってる風にしてやるんだから。

 

 

***

 

 

 Nuを連れてモールを歩いていると、ふと並べられているサングラスが目に入った。疑問に思っていたことを聞いてみる。

 

「なんでサングラスしてるの? イメチェン?」

 

 シャツの袖もまくっちゃって。家の中ではしないのに。

 

「マスターの指示です。迫力がないからガードの時は着けろと支給されました」

 

 Nuはそう言ってサングラスを外した。

 ……確かに、裸眼でうろついていたら護衛には見えないかも。

 

「デザインの敗北ですよね」

 

 私の苦い顔を察したのか、Nuはパパを皮肉った。顔は優しいままだけど、サングラスを折りたたむ手つきが支給品を扱うにしては雑だ。

 

(でもサングラス、ちょっと羨ましいかも)

 

 ファッションとして気になっていたアイテムだから、欲しい気持ちが膨らんできた。私は店頭に並んだサングラスをざっと眺め、目に留まった一つを手に取った。全面鏡の売り場にラージサイズのサングラスをかけた私が現れる。

 

「お似合いですよ、お嬢様」

 

 そう声をかけてくるNuを鏡の中で追うと、胸元で折りたたまれているサングラスに目が引き寄せられた。オレンジのカラーグラス。私が偶然手に取ったコレと同じ色だ。

 

(いや、別にお揃いを狙ったわけじゃないんだけどね……)

 

「お買い上げですか?」

 

「うーん……、予算オーバーかな」

 

 今日の本命は服。

 だけど妙にしっくりきてしまって、私の足は鏡の前で根を張ってしまった。頭の中では真剣にフレームを選び始めてしまっている。Nuが“お嬢様”なんて呼ぶから誤解されるけど、私は別にお金持ちではない。パパはすごい研究者だけど、お小遣いは普通だから。

 

「それなら、私のポケットマネーで買って差し上げます」

 

 ――えっ?

 

 驚いて振り返った。Nuは相変わらずニコニコしている。でもそれがどういう笑顔なのか、私には分からない。

 

 

***

 

 

「ポケットマネーって、つまり経費ってことでしょ?」

 

 パパの助手もしているNuは、お金周りのことも含めて色んな手続きを任されている。でも予定外の出費は承認者のパパにお伺いが必要だ。“あの”パパがサングラスなんて経費で落としてくれるかな。

 

「通るの……? 申請」

 

「自信があります。――送りました」

 

 Nuが怒られないかという心配とサングラス欲しさで揺れている私をよそに、もう申請を済ませてしまったようだ。するとすぐにNuから電子音がした。パパからの着信だ!

 

「流石、速いですねぇマスターは」

 

 パパがチャットじゃなくてコールしてくるのは何か一言言いたい時だ。あちゃ〜と思っている私の前で、Nuは片耳を押さえる仕草をした。

 

「Nuです。はい、合流してます。……申し訳ございません」

 

(ほら、やっぱり)

 

 早速言われているらしいNuを見守っていると、私に片手を差し出してきた。指には一粒のイヤホンがつままれている。

 

(え……)

 

 驚きとともに、私の目はそのイヤホンに釘付けになった。視点が固定されて周囲の音が遠のいてゆくような、何かを思い出そうとしている時特有の感覚。記憶の回路が、唐突にもたらされた刺激によって連鎖的に繋がってゆく。

 

 ――長い一瞬の後、Nuと視線が交差した。その促すような微笑みの中に、私は懐かしい姿を見つけた気がした。

 そうだ、昔も似たようなことがあったんだ。

 

 

***

 

 

 あれは私がまだ小さかった頃、Nuに勉強を教わっていた時のことだ。

 今日みたいにパパからコールが入り、私は二人の通話が終わるのを待っていた。するとよほど退屈そうに見えたのか、Nuがイヤホンを差し出してウインクした。「着けてみる?」って。

 

 ――イヤホンからはパパの冷たい声が聞こえてきた。

 

 今なら仕事だからって分かるけど、あの時はNuがいじめられていると思ってしまったのだ。たまらず私が「パパ!」と割り込むと、驚いたパパはしどろもどろになってしまった。

 私の乱入によって通話はうやむやの内に終了。あっけにとられたNuの顔を見て、私はようやく勘違いに気づいた。

 

「……邪魔しちゃった?」

 

 Nuは首を横に振った。

 

「いいえ。お誘いしたのは私ですから」

 

 そして「ふふふ」と笑った。

 

「マスターをあんなに動揺させるなんて。お嬢様は交渉における最強のカードですね」

 

 見た目は男の子なのに、大人っぽい仕草と笑い方をしたあの子。

 

 ――私の初恋。

 

 

***

 

 

 私はイヤホンを耳にはめ、Nuと繋がった。それと同時にパパの冷ややかな声が耳に届く。

 

『――私は遊びに行かせたわけではない。分かるな? 道草食ってないで命令を実行しろ』

 

「はい。お嬢様を安全に家まで送り届けます」

 

 私には絶対にしない言い方。予想していたとはいえ、こっちまで背筋が伸びてしまうような緊張感だ。もうちょっと優しく言ってあげればいいのに、パパはNuに厳しい。

 

『で、なんだこの申請理由は。デザイン起因による臨時支出――だと?』

 

「はい。マスターが私に支給したサングラスにお嬢様が触発されました。つまり、マスターが私をサングラスが必要なデザインに設計したことが要因にあります」

 

『……』

 

「ご自分の設計思想には責任を持ってください!」

 

(……Nuもパパに厳しいからどっこいどっこいなんだよね)

 

 ややあって、イヤホンの向こう側からため息が聞こえてきた。

 

『……承認する。門限までには戻れ。それと、位置情報の改ざんは止めるようアルアに言っておくように』

 

「マスターからお伝えしなくてよろしいのですか?」

 

『いや……』

 

 盗み聞きをしている会話に自分の名前が出てきて気まずい気持ちになる。

 パパが渋るのも当然だ、今我が家の空気は良いとは言えない。Nuが改造されて以降、私がずっとパパを避けているからだ。私に相談もなしにNuを改造して、でもパパは私のためにしたことで、でも――。

 本当はこんな態度を続けてよくない事は分かっている。けれど、正直辞め時が分からなくなっているのだ。

 

「お嬢様は分かってらっしゃいますよ」

 

 通話相手はパパ、なのにその言葉は強い指向性をもって私の胸に届いた。ハッとしてNuを見る。しかし、その見通すような瞳を前にして、私は咄嗟に目をそらしてしまった。

 

(Nuにまで心配かけちゃった)

 

『おい、まさかスピーカーじゃないだろうな』

 

「はい。スピーカー“では”ないですね」

 

 折角シリアスな気持ちになっていたのに、危うく吹き出しそうになった。

 

 

***

 

 

 通話が終了し、私は大きく深呼吸した。ゆっくりと空気が染みわたり、息をひそめていた身体がほぐれてゆく。

 

「お嬢様、どうぞ」

 

 Nuがサングラスを買ってくれた。受け取ったのは小さくて軽いショッパーだけど、色んな重みが一緒に詰められているような気がした。

 

「……パパにお礼言わなきゃな」

 

 私がぼそりと言うと、Nuは嬉しそうに頷いた。

 

「そうしてあげてください。泣いて喜びますから」

 

「泣かれるのはやだな……」

 

 父親の泣き顔なんて見たいものではない。と、気づけばNuとの会話にしこりを感じていない自分に気付いた。Nuの微笑みにも、なんとなくニュアンスが感じられるような、そんな気がしてきた。

 

「Nuさぁ、あのイヤホンのこと覚えてたの?」

 

「はい。でも今日は参加されなかったのですね」

 

「私ももうオトナだよ。パパもNuも、早く”私離れ”してくれない?」

 

「マスター共々、ご迷惑をおかけします」

 

 そう言って「ふふふ」と笑った。――あの笑い方だ。見た目は変わったけど、NuはNuのままなのだ。こうして笑うとこっちの姿もしっくりくるかもしれない。

 

(Nuは心に身体が追いついたんだね)

 

 もう手を繋いで歩くような年じゃないけど、心ではいつも繋がれているんだ。

 そう思ったら急に安心感がこみあげてきて、涙ぐみそうになってしまった。私は振り切るように足を踏み出した。

 

「終わった気になっちゃ駄目だよNu。私の買い物長いこと知ってるでしょ?」

 

「はい。お嬢様のお気のすむまで。門限はありますけどね」

 

 だったらギリギリまで付き合って貰おうじゃないの。

 

 歩幅を合わせた私たちの靴音が、賑やかなショッピング街に溶けてゆく。

 そのリズムの先に、新しい未来が開けた――そんな気がした。

 

—終—


 
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