No.1189266

【二神教シリーズ1】ロヴェインお嬢様・クリスティーお嬢様・モーク神・アルティメイト神・オリジンアル神・レーヴァール神・破潰の神々・広報の神々

eye-elさん

二神教の下にまた神が…

2026-06-26 07:36:08 投稿 / 全20ページ    総閲覧数:42   閲覧ユーザー数:42

創造の神ロヴェイン・スカーレット

 

ロヴェイン・スカーレットが自然の神として、二神教の頂点

 

概念(天・空・地)創造の神・自然の神・開教の神・自然論理の神・神々の神、そして、巨乳絶対神、ロヴェインお嬢様

 

 予言者ヒトラーによれば、神人(破潰の神々)はこのロヴェインお嬢様が選ぶ

 

 ニーチェはロヴェイン派

 

 

 

維持の神クリスティー・スカーレット

 

クリスティー・スカーレットが幻想の神として、二神教の次席

 

幻想の神・生命幻想の神(生命に中身があって、それを維持する神)・世界幻想の神(世界に中身があって、それを維持する神)・神々の神、クリスティーお嬢様

 

 アイイルの滝口はクリスティー派

 

 お嬢様は維持の為に悪を生み出された(アルティ・メイト神の「悪」)

ゴー・グ(神の神々)現在五柱

モーク神 神製品の神・知識創造の神・与実(よじつ)製品の神

 

 神が日用品を与えるという意味で、モークという名で製品が作られるといい

 

 モークは知識を創造する思考の守り手の神でもある

 

 ロヴェイン派

 

 

 

悪の神、謀神(ぼうしん)アルティ・メイト

 

 二神の次席、クリスティーお嬢様がゴー・グの一人として秘中に謀している神

 

 汚らわしきは言葉にて、

 

 清らかなるは心に取り入って、

 

悪を為させる神

 

 クリスティー派

 

 

 

渾沌、信仰、イスラエル、反イスラエル(日本または東京)、光性(意識性)の神レーヴァール

 

 レーヴァールは現実の世界の人間を老化、病的、常悪の方向、渾沌の世界へ傾け、常にわるい方わるい方へと人々を導く

 

…実は、これが『聖書』の神や天使ヨエル、天使メタトロンなのだ 『エノク書』や『コーラン』というものがあるが、人間の弱点である罪悪について語られており、神々(『エノク書』では「天使」という名で語られる)の人間的弱さ・暴力教・俗物などを糾弾する書である …はっきり言って、この二書は人間にとって有益である レーヴァール神は全くの悪の神ではなく、善の面もある神なのである

 

 エジプト神話の太陽の神レー(ラー)、ウガリット神話の嵐の神バアル、ギリシャ神話の空間の神カオス、北欧神話の巨人スルト、インド神話の友愛の神ミスラ、ゾロアスター教の契約の神ミトラ(ミスラ)、渾沌やエル・シャダイ(乳房の神)、反イスラエル(日本、東京)という所から、日本の九尾の狐、太陽の大神アマテラス、復活の神ヒノカグヅチなどとも結び付ける事が出来る

 

 しかも、このレーヴァールなぜか、自然の神ロヴェイン派なのである 何という皮肉だろう こうして、老化、病的、常悪は創作物や科学において自然(宇宙)のものとされてしまった

破潰の神々

ニーチェ神

 

 代表的な破潰の書は『道徳の系譜』・『アンチクリスト』

 

 ロヴェイン派・第二階級

 

 ドイツの同じ第二階級への知識による働きかけをしている

 

 皇帝(天皇)が第一階級

 

 

 

アイイル神(滝口)

 

 代表的な破潰は「アリストテレス哲学は破潰されました」・「ルソーの民主主義は破潰されました」

 

 2パックブラを付けている(ブラには1パックと2パックがある 1パックが美しい、かっこいい系で、2パックがエロかわいい系 2パックの方が全體の印象は細く見える)

 

 クリスティー派・第二階級

 

 批判するされる関係として、ニーチェと繋がりがある

 

 日本の同じ第二階級への知識による働きかけをしている

 

 皇帝(天皇)が第一階級

広報の神々

 貧乳女は例外なく、「馬鹿」である そうとしか言いようがない そういう意味で、頭のいい巨乳女を取るぱいコンは本能的に優れている

 この世界の病気は知的障害でしかない 知的障害には、知性知的障害・無疑考性知的障害・卑信性知的障害があり、頭がいい人というのは、無疑考性知的障害の「肉體病」を乗り越えるが、えてして、卑信性知的障害の「精神病」にひっかかりやすい

 

 無疑考性知的障害は自分がどうしてその事をすべきなのか?を疑わない事で、『迷信』に引っかかっている事が分からない そもそも、何が間違いで、何が間違いでないのか? 何が作為的(ウソ)で、何が事実的なのか? を正確に裏表を間違えるのが、「馬鹿」というもので、疑って考えないからである

 

 卑信性知的障害は無疑考性知的障害と連結していて、卑信性、おそれて信じ込む事で、疑わせないという知的障害であり、この無疑考性知的障害と卑信性知的障害は両方あわせて、完全な病気になるのである

 

…つまる所、この世界には知的障害の人はいても、事実として、病気の人は一人もいないのである 病気は一つの宗教なのである

 この世界には肉體病と精神病と知的障害があるとされる

 

…つまる所、この世界の病気とされるものは知的障害であって、「肉體病」・「嘘への知的抗體の縮小」症状という主症状を持つ無疑考性知的障害と、「精神病」・「宗教への依存」症状という主症状を持つ卑信性知的障害と、「知的障害」で通っている知性知的障害が存在し、それらは一つの宗教であり、「肉體病」と「精神病」と「嘘への抗體の縮小」と「宗教への依存」と「現実知への断絶」と「地獄の門」という教義の六教義に分かれていて、それらは知的障害者が宗教的に信じ、行うものであって、それらを言い表すと、宣教病なのである また、この障害教を断つ事は他の三悪教を断つ事にも繋がる

 

 障害教は、宣教すべき病気ごとに人間を傾向で分けるのに絶対者があり、決まって、善悪派ユダヤ教(たとえば、『サムエル記』は忠不忠派、『エノク書』は聖罪派)、それ(善悪派)を引き継いだキリスト教、病児教、そして、障害教の四邪教は、『エノク書』の「アザゼル」という悪魔が絶対者になっているのである

 

 それらの正反対の宗教として、イスラム教・アイイル二神教・神道・陰陽道(道教)の四正教がある また、四正、四邪どちらにも属さない教えとして、仏教・ヒンドゥー教・ゾロアスター教・儒教がある(世界は十二教であり、善が四つ、悪が四つ、どちらにも属さない中庸が四つある もちろん、別の宗教もある(たとえば、ゼウス教・オシリス教・テスカトリポカ教・グレートスピリッツ教・サタン教・皇帝教(東西)・アンチクリスト教など)が、人類史において大きい宗教はこれら十二教である)

 頭は良さげでも、ものを知らない人は卑信性知的障害者(たとえば、常識人)である 加えて、無疑考性知的障害者の事が多い

 病気とは宗教であり、病気の本質とは信仰である その根本は卑信である 信じないと、何かわるい事が起こるのではないか? とこわがって、または、実際にわるい事が起きると言われて、やはり、こわがって、人々は科学を信じるのである キリスト教の『迷信』の時代から、人々の行動原理は変わっていない

一神教の「信仰」論と二神教の「信用」論

 

一神教の「信仰」論

 

 一神教の信仰論とは、卑信、つまり、病気の一分野としての信仰から展開する「人間が一神におどされて、それで、女性の陰部にようにへっこんむ そのへっこんだ部分に何かを感じる事」という事、つまり、「錯覚」、これが信仰である

 

…その信仰を自然が生物的に昇華したもの、それが男女関係なのである

 

 

 

二神教の「信用」論

 

 ロヴェイン・スカーレット、クリスティー・スカーレットを信用する事

 

 ロヴェインお嬢様を「自然の神」から「概念創造の神」・「巨乳絶対の神」として、概念(男または女)の完全性を信用する事、つまり、存在や働きに関する事、真実的な所を信用する事

 

 クリスティーお嬢様を「世界幻想の神」から「生命幻想の神」として、生命活動の十全性、真実的な所を信用する事

 

…つまり、こういう信用の役割は「心を揺らさないようにして、自分の大事な現実を信用出来るようにする」事

 

 ニーチェを信用する事(ニーチェはたまに格言のような事をつぶやく) アイイルを信用する事

二神教の「二神」論

 

 二神論は個人や団體の過激派を防ぐ

 

 二神教では二派あり、ロヴェイン派とクリスティー派とがある

 

…一方が過激化すれば、もう一方は平和化を売り出し、こぞって神々は平和化した方に派を移すし、人々もそれにならう

 

 過激化はどちらの側でも抑えられるのである

 

…よって、二神教はキリスト教の国家論やイスラム教のジハード論のように過激化しない

 

 

 

……普段は、二派どちらかというのは、何となくのフィーリングだろう

 私は考えた 生命そのものにイスラエル人が反逆していたらどうしようかと

 

 そして、私は思考を導いた イスラエル人はアラビア人の存在意義を盗み取っている、つまり、生命そのものに反逆している 幻想の神クリスティー・スカーレットの生命の幻想の力を、アラビア人から盗んで、幻想の神に反逆していると

 

…つまり、私はイスラエル人に密かに敵対する というのも、私はクリスティー派で、イスラエル人はクリスティー派を敵に回しているにも関わらず、何も覚えない ただ、宗教全體として、反イスラエルとそうでない派と分かれる事に意義がある

 

 反イスラエルとは、時代である 「人は姿形を見るが、神は”心”を見る」、これがイスラエルである 対して、「人は心を見るが、神は”姿形”を見る」というものが反イスラエルであって、つまり、見るべきものが、”心”から”姿形”に移って来ている現状を示している 飽くまで、頑固な人、『コーラン』の言うような「頑な」な「悪」というのは、男性から女性へ、または、女性から男性へ、からだが変わっても、男女が”心”にあるとして、現実そのもの、”姿形”を棄却するのである 実際は時代がイスラエル王国の時代から移って、イスラエルから反イスラエルの時代に移ったにも関わらず

 

…だから、私は反イスラエルを名乗るのである イスラエルの時代は終わったと つまり、私たちは、「反イスラエル人」なのである 恐らく、イスラエルに行く先に失望して、ニーチェら、ロヴェイン派も同じような路線を辿ると思う 反イスラエル人とは、”邪なる者”という意味ではなく、”東に都を定める国民”の意味である イスラエルのエルサレムが”西”だから

 イスラエルの心、イスラエル人というものは、飽くまで自分たちが中心だと思っているらしい …いまだに、テレビのニュースを見ているような日本人でもそんな事は思わないというのに… アメリカ人だの、チャイナ人だの、台湾人だの、イスラエル人だの、ロシア人だの、と何で、こんなに自意識過剰なんだろうか? 自意識過剰な奴は大抵、頭が悪いというのに…

白人および、白人的思想(白人が考えそうな思想)はレーヴァール神に憎まれている

 

 白人的思想、たとえば、マルクスの社会主義、キリスト教など、憎まれているのが、ヨーロッパ、北アメリカ大陸、旧ソ連系、イスラエル人(ユダヤ系)、チャイナ人、ベトナム人、ラオス人、南北の朝鮮人、オーストラリア人と、それ以外、愛されているのが、アラビア人、インド人、パキスタン人、日本人、ベトナム・ラオスを除く東南アジア系、アフリカ人、南アメリカ大陸などは、明らかに、ロヴェインお嬢様、クリスティーお嬢様、レーヴァール神に差異を付けられている 無論、前者たちが憎まれていて、立場的に追い込まれているにも関わらず、後者たちは愛されていて寛容である

 

…ちなみに、「”レーヴァール神”の従者(ヴァーレット)」などと言い始め、レーヴァール派を名乗り始める人間は女性症候群(クラインフェルター症候群に近い 「自覚幻覚」・「女性化乳房」・「女性器化」(結果的に「ふたなり」になる)・「女性化容姿」などの症状がある)なのである 私もかつてそれであった

 「事実などない あるのは解釈のみである」(ニーチェ)

 

…なら、信用上の解釈を拾うべきなんじゃないのか?

二神への「信愛」、その信愛への「信知」が必要である 先に挙げた知識は全て、信愛である

 絶対體制(たいせい)を敷いている現実は信用出来ず、別の二対の相対者、ロヴェイン‐クリスティー、ニーチェ‐アイイルは信用出来るという事

 

 絶対神への信仰者とは正反対の、「信用者」というもの

「広報」=「攻撃」からの邪悪学的応用、理性が現実世界にかけるブレーンロックを外せる、女性體術でも外せる、五芒星を描いて、文章を捧げても外せる

 

「破潰」=「破壊」からの邪悪学的応用


 
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