こんな冬の日
頬を刺す風に、思わず身体が震える。口から洩れる息は白く、空気中に溶け、それ以上に白い光景が目の前に広がっていた。
「はい」
「……ありがとうございます」
言葉を交わすだけでも体力を使いそうな状態で、それだけの言葉を紡ぐ。目の前に立つ男から手渡されたのは缶コーヒー。手袋の上からでもわかるくらいに温度は高く、下がっていた体温を幾分か戻してくれた。
「暖かいです…」
「ん」
両手に持った缶を頬に当てて微笑む仕草に、手渡した方は照れくさくなったか、短く返事をしてそっぽを向いた。
「照れなくてもいいでしょうに………それっ」
「うわっ、冷たっ!?」
寒さの所為かそれ以外の理由か、頬を赤らめる青年に、彼女は地面から雪を救い上げて放る。上手く襟元から侵入した雪に、青年は無駄と知りつつも首回りを剥き出しの手で払った。
「手袋しないんですか?」
「忘れたんだ。ポケットに入れるから大丈夫だよ」
「そうですか」
その説明に彼女は何事か考え、そして右の手袋を外した。
「何やってんだ?」
「ふふ、こうするのですよ」
言うが早いか、彼女はその手を隣に座る青年のコートのポケットに突っ込んだ。
「いや、ですか?」
ポケットの中で左手に絡まる小さな手に、青年はそんな事ないと首を振って、少しだけ彼女の方に寄った。
「暖かいな」
「えぇ。でも、もっと暖かくしてあげますよ」
直後、ポケットの中で細い手が動き。
「ちょ!ドコ触ってんだよ!?」
腰から腹と伝わって、さらに下へとさがっていった。
「ふふふ、言って欲しいのですか?」
「言わなくていいから!というか誰か来たらどうするんだよ」
「この状態ならバレませんよ」
「そういう問題じゃなくて!」
青年の主張を無視し、彼女は布越しに手を動かす。その絶妙な力加減に青年の若さは抗えず――――――。
「――――――というシチュエーションなんてどうでしょう?」
「鼻血垂らしながら言われてもなぁ」
妄想とは違い暖房のきいた部屋で、にへらにへらと笑いながら鼻から赤い血を濁々と流すのは、眼鏡を掛けた女性。苦笑しながらそこにティッシュをあてるのは、部屋の主である青年だ。
「私思うのですが………」
「ん?」
与えられたティッシュを丸めて鼻孔に挿しこむと、真面目な表情で彼女―――稟は口を開く。
「この時期であれば、外気との相対温度差で凄く熱を持っているように感じると思うのですが」
「………」
「イタリア人の(自主規制)は、それはもう熱を帯びて、通称『太陽の(自主規制)』と呼ばれているようですし、それに近い感覚が味わえるのではないかと」
「馬鹿じゃねぇの?」
心底呆れたという表情で、青年――― 一刀は空になったカップに黒い液体を再度注ぎ込む。
「あ、私にもコーヒーください」
「あいよ」
そして何事もなかったかのように、一刀は相方のカップにもコーヒーを注ぎ入れた。
「まぁ、稟がそういう性癖を持っているというのは周知の事実だが―――」
「周知なのですか?」
「………『俺は』知っているのだが。でも通常のもまだしてないのに、よくそんな話が出来るよな」
付き合って半年近くが経過する。しかし、いまだ身体の関係は持っていない。正確には、持てていない。理由はひとつ、稟の鼻血体質と妄想癖にあった。
「甘いですね、一刀さん」
「何が」
湯気の立つコーヒーカップを口元で傾けると、稟は大仰に対面に座る一刀の顔に指をつきつける。
「何も知らないからこそ、妄想は膨らむのです」
「……………至言だな」
「でしょう?」
それ見たことかと言わんばかりに稟は頷き、伸ばした腕をテーブルの上に戻す。
「という訳で、暇なのでゲームをしましょう」
「接続詞がおかしいな」
「いえ、正しいです。名付けて、『妄想ゲーム』。妄想だけでなく、頭の働きも重要になってきますので、知的な我々に相応しい遊びでしょう」
「ネーミングセンスないな、稟。まぁ、いいよ」
暇だからなと理由づけて付き合ってあげるあたり、彼の優しさが窺えた。
「では一つ目のお題です」
「え、稟が出すの?」
「はい。私の問いに、もっともらしい理屈をつけて返答してください。妄想ですので、その真偽は問いません。納得できるか否かがポイントです」
「はいはい、どぞ」
「では――――――」
そういう事になった。
「では、第一問です。一刀さんは巨乳派ですか?それとも貧乳派ですか?」
ガゴッ、と鈍い音を立てて、一刀は頭をテーブルに打ち付けた。
「まぁ、待て。それって妄想で応えるの?」
「もちろんです」
殺気すら滲ませるその視線に、一刀は若干上半身を仰け反らせながらも応える。
「………俺は稟の大きさが丁度いいな」
「………………」
ぷひゅっ。
稟の鼻から、丸めたティッシュが飛び出した。
「………気を取り直して第二問です」
「え、また俺が応えるの?」
「勿論です。私は妄想のスペシャリスト。いわば『妄想学』の権威です。対する一刀さんは、まだいち学生レベルですね」
そのような学問はない。ただ、妄想学という学問があれば、一郎太はその学派に入ってみたいとは思う。
「第二問」
そう告げて、稟は左手のカップを掲げた。
「なぜコーヒーカップは白いのですか?」
単純な疑問。一刀は何の迷いもなく答える。
「そりゃ、色合いの問題だろうな。コーヒーが黒で、カップが白。見事に対照的な色合いだからじゃないのか?」
「ハズレです」
「なんでっ!?」
思わず突っ掛かってしまった。稟は呆れたように首を左右に振りながら、口を開く。
「わかっていませんね。これは妄想学なのですよ?まったく妄想の要素がないではありませんか」
「………そりゃそうだけどさぁ」
「30秒時間をあげましょう。その間に回答を考え直して、もとい、妄想し直してください」
「………へーい」
そして、30秒が経過した。
「―――ではお聞きしましょう。何故、コーヒーカップは白いのですか?」
同じ質問。だが、彼はその質問の意図するところを理解している。降ろしていた瞼をゆっくりと上げ、一刀は口を開いた。
「………その質問に答える為には、まず、神話の時代に遡る必要がある」
「ほぅ?」
「かつて、神々が世界を支配していた時代には、人間もまた神の威光を目にする機会が多かった。そのなかのひとつが、天使だ。天使は、読んで字の如く天からの使いとして地上に舞い降り、時に人間を助け、時に罰した。ちなみによく知らない人間は『天使』とひと括りにするが、天使にも階級がある。天使学というものもあるくらいだ。
話を戻そう。神の使いである筈の天使―――その中にも、やはり感情というものがあった。中には地上に降り立った時に水浴をする人間の女を見て娶った者もあるという。そのような感情の中に、神に対する敵愾心というものを持つ者が現れた」
「………ルシフェルですね」
博識の稟は、彼の言わんとするところを理解する。
「その通りだ。ルシフェルを筆頭に天使は神へと挑む。だが当然、結果は彼らの敗北だった。天界を追われ、地上に墜ちた彼らは堕天使と呼ばれる存在になる。堕天使と悪魔は同義だ。彼らは悪魔へと身を落とし、その身体は純白から漆黒へと変わっていった。そして、彼らの住む地は地獄と名を変え、時に人間の魂を引き摺りこんでは、理不尽な怒りの矛先を向けていたのだ」
彼の話を、稟はうんうんと頷きながら聞く。
「ここで話を変えるぞ」
「どうぞ」
コーヒーで唇を湿らせると、一刀は再び語り始める。
「コーヒーの語源についてだ。英語ではcoffee、フランス語でcafé、イタリア語でcaffe、など、これを見ればラテン語系の単語だとわかる。そして、ラテン語の話に変わるのだが、この言語において、『天』を“caelum”という。さらに、『封じる』という意味の語に“feudalia”という語がある」
「なっ…まさか………」
稟の眼が、驚愕に彩られた。
「わかってきたようだな。“caulum feudalia”……天を封じんが為に、黒き悪魔は白き天使へと挑んだ。その戦いによる
「という事は………」
そして、稟も彼の言いたい事を理解したようだ。
「あぁ。彼らはその混沌こそを尊重し、ひとつの戒律を制定した。『“cafe”の容器は、天使の純白でなければならない』とな」
「………………」
一刀は説明を終え、天使の内に残った、最後の悪魔を飲み干す。
部屋に沈黙が満ちた。
「――――――どうだ。正解か?」
俯く稟に、一刀は問いかけ、稟も顔を上げた。
「はい、十分に納得ができました」
「そうか」
「貴方には、妄想学准教授の地位を授けましょう」
「あれ?教授は?」
「私が先駆者ですので、その地位は譲れません」
「稟も意外と目立ちたがりなんだな」
「何か言ったかね、准教授君」
「No, my professor」
眼鏡の位置を直しながら問う彼女に、一刀は笑いながら答えるのであった。
「さて、第三問といきますか」
「え、まだやんの?」
窓を覗けば一面銀世界。外に出る事の出来ない今宵、2人は話に花を咲かせ続ける。
オチもないまま終わる。
あとがき
という訳で、3日ぶりの投稿です。
一気に寒くなったので、書いてみた。
稟ちゃん、可愛いよ、稟ちゃん。
インスパイア元の季節が真逆だけど、続き物なので勘弁してください。
そして以前より許可を頂けるAC711様に感謝!
ではまた次回。
バイバイ。
|
Tweet |
|
|
70
|
3
|
追加するフォルダを選択
大学の5限が急遽休講になったので、投稿だぜ。
まぁ、タイトルからわかるとおり、あの娘さんだぜ。
どぞ。