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新人さん
10月8日は十と八で「木の日」というのは分かりやすい。今日は「木の日」で木曜日だから 木について学習しようと思った。 小学生の時「木が増えて林になり、もっと増えると森になる。そして広がって森林になるんだよ」と習った記憶があるが 厳密には違うようだ。 生物学では木を「木本」、草を「草本」と言う。ラベンダーは草ではなく小さな木で、バナナは木ではなく巨大な草だった。だからバナナは1年で枯れてしまう。 木と草の違いは、何十年も何百年も生き続けて太くなるのが「木」で、1年から数年で枯れてしまうのが「草」と考えると分かりやすい。 難しいのは竹で、竹は 木でも草でもないとする説がある。とりあえず「木」に分類しているようだが、竹を草木とは別に考える方が多いようだ。 多くの木があると林や森と呼ばれているが、林の語源は「生やし」だという。樹齢、樹高、種(しゅ)が同じような樹木が集まっている場所を林と呼ぶようだ。 森の語源は「盛り」といわれている。森は木がこんもりと茂っている様子を表しているといい、「鎮守の森」は神を祀る神社を守るように 神社の周りを覆い囲う様相を表しているそうだ。 どうやら林と森の違いは木の量ではなく、林は木の多い”場所”を表し、森は木の多い”様子”を表しているらしい。そして林が広範囲に広がり森の様相を呈しているのを森林というようだ(森林の定義は「 広範囲にわたって樹木が密集している場所」とある)。 里山にある「雑木林」を、僕は 雑菌や雑種などと同じ”雑草”のイメージを持っていたが、農林水産省の定義では「雑木林とは木竹が集団して”育成”している土地及びその土地の上にある立木竹で、 木竹の集団的な”育成”に供される土地。」としている。つまり雑木林は、勝手に木が生えてきた雑な林ではなく、木や竹を計画的に育てて伸ばすため、田畑並みの人工的に手入れをしている土地のことだという。雑木林でも長い間 人が手いれを怠り、自然にまかせるようになった場所は「天然林」となるが、最初から自然のままの地は「原生林」と呼ばれているそうだ。 僕らは多大な恩恵を森林から授かっている。地球温暖化の原因は森林の減少が関係している。森林は規模が大きいほど住みつく生物の数は増えるが、人の手が加わるほど生物の生態系は乱されるそうだ。 森林は多くのCO2を吸収し酸素を排出している。水蒸気を発散する作用によって気温の調節機能も持っている。さらに豪雨でも、植物の根が張っているので土壌の流出を防ぎ土砂災害や雪崩を防いでいる。地上では樹木の葉が雨の衝撃を緩和し、地表の浸食を防いで土壌の流出を防ぐ。さらに地下では根や腐葉土がたくさんの隙間に雨水を蓄え、それが地下水となり徐々に河川へ雨水を運んでゆく。森林が無ければ大量の雨水はそのまま一気に海へ押し寄せてしまうだろう。 森林は木材や果実を提供してくれるだけではなく、キノコや山菜なども提供してくれる。さらに、風や騒音なども防いでくれる森林は”神”とも思える。ふと脳裏にジブリの映画の場面が浮かんだ。 僕は仏やキリストなんかは絶対に神ではないと思っている。僕はアイヌの民ではないが、森などの自然の仕組みが神だと信じている。
2026-10-08 13:55:05 投稿 / 734×550ピクセル
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10月8日は十と八で「木の日」というのは分かりやすい。今日は「木の日」で木曜日だから 木について学習しようと思った。 小学生の時「木が増えて林になり、もっと増えると森になる。そして広がって森林になるんだよ」と習った記憶があるが 厳密には違うようだ。 生物学では木を「木本」、草を「草本」と言う。ラベンダーは草ではなく小さな木で、バナナは木ではなく巨大な草だった。だからバナナは1年で枯れてしまう。 木と草の違いは、何十年も何百年も生き続けて太くなるのが「木」で、1年から数年で枯れてしまうのが「草」と考えると分かりやすい。 難しいのは竹で、竹は 木でも草でもないとする説がある。とりあえず「木」に分類しているようだが、竹を草木とは別に考える方が多いようだ。 多くの木があると林や森と呼ばれているが、林の語源は「生やし」だという。樹齢、樹高、種(しゅ)が同じような樹木が集まっている場所を林と呼ぶようだ。 森の語源は「盛り」といわれている。森は木がこんもりと茂っている様子を表しているといい、「鎮守の森」は神を祀る神社を守るように 神社の周りを覆い囲う様相を表しているそうだ。 どうやら林と森の違いは木の量ではなく、林は木の多い”場所”を表し、森は木の多い”様子”を表しているらしい。そして林が広範囲に広がり森の様相を呈しているのを森林というようだ(森林の定義は「 広範囲にわたって樹木が密集している場所」とある)。 里山にある「雑木林」を、僕は 雑菌や雑種などと同じ”雑草”のイメージを持っていたが、農林水産省の定義では「雑木林とは木竹が集団して”育成”している土地及びその土地の上にある立木竹で、 木竹の集団的な”育成”に供される土地。」としている。つまり雑木林は、勝手に木が生えてきた雑な林ではなく、木や竹を計画的に育てて伸ばすため、田畑並みの人工的に手入れをしている土地のことだという。雑木林でも長い間 人が手いれを怠り、自然にまかせるようになった場所は「天然林」となるが、最初から自然のままの地は「原生林」と呼ばれているそうだ。 僕らは多大な恩恵を森林から授かっている。地球温暖化の原因は森林の減少が関係している。森林は規模が大きいほど住みつく生物の数は増えるが、人の手が加わるほど生物の生態系は乱されるそうだ。 森林は多くのCO2を吸収し酸素を排出している。水蒸気を発散する作用によって気温の調節機能も持っている。さらに豪雨でも、植物の根が張っているので土壌の流出を防ぎ土砂災害や雪崩を防いでいる。地上では樹木の葉が雨の衝撃を緩和し、地表の浸食を防いで土壌の流出を防ぐ。さらに地下では根や腐葉土がたくさんの隙間に雨水を蓄え、それが地下水となり徐々に河川へ雨水を運んでゆく。森林が無ければ大量の雨水はそのまま一気に海へ押し寄せてしまうだろう。 森林は木材や果実を提供してくれるだけではなく、キノコや山菜なども提供してくれる。さらに、風や騒音なども防いでくれる森林は”神”とも思える。ふと脳裏にジブリの映画の場面が浮かんだ。 僕は仏やキリストなんかは絶対に神ではないと思っている。僕はアイヌの民ではないが、森などの自然の仕組みが神だと信じている。