No.1187647

廃車はジプニーに生まれ変わる

新人さん

「愛車の日」を検索すると2つ出てきた。5月25日にヤナセが創立100周年で2015年に制定した記念日と、七夕の前日にあたる7月6日の記念日だ。7月6日に降る雨は洗車雨と呼ばれ"彦星が織姫に会いに行くため牛車を洗っている水が空から雨として降ってくる"との言い伝えから「洗車雨を浴びる倶楽部」が記念日に制定している。だが、こちらは どこにも「愛車の日」とは書かれていないから、AIの誤りだろう。 正しくは「思いやり手洗い洗車の日」というようだ。AIの失敗を見つけるのは小気味良いね。ふふふ。 JAFが言うには『日頃から好んで乗り 大切にしているクルマやバイクのことを愛車と呼ぶ。クルマは人生を豊かにする。愛車を思い、ともに生きる意味と喜びを考えてみよう。あなたは愛車を大切にしているだろうか?』だって。 思えば、2輪は最初に乗ったカワサキZが気に入ったから同型車種を少しカスタマイズして大切に乗り継いだが、4輪は叔母から10年以上古くなった昭和44年式タテ目のグロリアを譲り受けたのが最初だった。優しく扱わないとギアの入らないコラムシフトで、ベンチシートのグロリアに6人乗って走るとハンドルがすごく重かった。ある日、水温計が異常に上がるのでボンネットを開けてみるとラジエーターファンのプーリーが割れていた。あはははは。それを皮切りに、ずいぶん多くのいろんな中古車を乗り潰してきた。どれも愛車と思えるほど思い出深い。軽バンで北海道から九州まで走りまわった。セドリックのバンで毎週釣りに行き、各地の湖を巡りキャンプをした。この車は雨の中央自動車道を走行中に右側のワイパーのモーターが壊れて死ぬかと思った。ハイエースは3人乗りにして、荷室にベッドを作り、車中泊をしながら、渓流を巡った。この車は悪路にも強い良い車だったのに ディーゼルエンジンだから都の規制が出来て使用禁止となってしまった。9人乗りボンゴのときは、大きなロングボディにもかかわらず 昼間は外回りの営業に使って、ガソリン代が会社持ちなのをいいことに夜は毎晩スナックやパブの女の子達の送りをして荒稼ぎをした。汚れた車では恥ずかしいから、いつも中も外もピカピカに磨いていたのが懐かしい。雪の積もった都内の深夜、車通りが絶えて静まりかえった大通りをチェーンの音とマライアを聴きながら走ったのを思い出す。昼夜走るからタイヤとクラッチの減りが早すぎて、整備士にタクシーより距離を乗っていると驚かれたものだ。他にも多くの車を乗り潰し、4輪で最後となったのがパジェロミニだった。4駆での走行が不能となった車両を譲り受け看取ってあげた。そして一番最後になった車は2輪で、貨物用にカスタマイズしたスーパーカブ90だった。そう、愛車というより、何台も「廃車」にしたのは僕です。わはははは。 JAFが言ってないことがひとつあると思う。クルマは人生を豊かにするが、同時にクルマは人を貧乏にするのだ。僕は、車と酒とタバコと女を知らなければ、今頃 きっと大金持ちの"つまらない"人生だったに違いない。

2026-05-25 16:00:33 投稿 / 978×734ピクセル

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